呼んでも出てこない猫は、何を思っているのか
猫がいなくなって、名前を呼びながら近所を歩く。返事はありません。もうここにはいないのだろう。そう思って、次の場所へ移る。
ここに、研究が言っていることを並べます。読み終わるころには、たぶん考えが変わります。
まず、聞こえています
音がどっちから鳴ったかを当てる力を、音源定位といいます。目をつぶって、誰かに手を叩いてもらう。どっちで鳴ったか分かりますよね。あれです。
猫でこれを測った研究があります(Heffner & Heffner、Journal of Neurophysiology)。結果はおよそ5度。5度というのは、10メートル先で1メートルもずれない精度です。
つまり猫は、あなたの声が聞こえているだけでなく、あなたがどっちにいるかも分かっています。
名前も分かっています
東京大学などの研究チームが2019年に発表した実験があります(Saito ら、Scientific Reports)。
猫に、まず名前と似た響きの言葉をいくつも聞かせます。だんだん飽きて反応しなくなります。そこで自分の名前を聞かせる。すると家庭で飼われている猫は、また耳や頭を動かしました。
自分の名前が、ほかの言葉と違うことを分かっているということです。
ただし注意も要ります。反応は「耳や頭が動く」程度でした。しっぽを振ったり、鳴いたり、走ってきたりする猫は、ほとんどいませんでした。
そして猫カフェの猫では、はっきりした差が出ませんでした。たくさんの人にいろいろな名前で呼ばれていると、区別が薄れるのかもしれません。
あなたの声かどうかも分かっています
同じ研究者が2013年に、別の実験をしています(Saito & Shinozuka、Animal Cognition)。
飼い主の声と、知らない人の声。猫はこの2つに違う反応を示しました。
ここは大事なところです。探すときに呼ぶのは、飼い主本人がいちばんよいということになります。友だちが何人も集まって大声で呼ぶより、飼い主ひとりが呼ぶほうが意味があります。
では、なぜ出てこないのか
聞こえている。名前も分かる。方角も分かる。それでも出てこない。理由はこわいからです。
猫のストレスを測るものさしに、キャットストレススコアというものがあります(Kessler & Turner、1997年)。慣れない場所と、知らない人。この2つが猫を強い緊張状態に置きます。
そして、緊張した猫がまずすることが隠れることです。
隠れ箱の実験
これを実験で確かめた研究があります(Vinke ら、Applied Animal Behaviour Science、2014年)。
保護施設に来たばかりの猫を2つのグループに分けます。片方には隠れられる箱を置き、もう片方には置きません。
結果です。箱があったグループは、3日目と4日目のストレスの数値がはっきり低くなりました。
そしてもうひとつ。箱が無かったグループの猫は、トイレをひっくり返して、その下に隠れようとしました。猫にとって隠れ場所は「あったら嬉しいもの」ではなく、無ければ自分で作るものだということです。
さらに、新しい場所に来た猫は最初の2週間、長い時間を箱の中で過ごしました。
いなくなった猫は、まさにこの状態にいます。知らない場所にいて、こわくて、どこかに入り込んで、動きません。
だから、こうなります
返事がないことは、そこにいないことの証拠になりません。
むしろ逆かもしれません。すぐそこの茂みの中で、あなたの声を聞いて、あなたの方を向いて、それでも動けずにいる。そういうことが起こり得ます。
失踪猫1,210件を調べた研究(Huang ら、2018年)で、猫が実際に見つかった場所を思い出してください。他人の庭。茂み。デッキやポーチの下。ガレージ。家具の後ろ。地下室。
全部、隠れられる場所です。
代わりに、何をするか
1 呼ぶのは、飼い主が。人数を集めないでください。知らない人が増えるほど、猫は出てきにくくなります。
2 呼んだあと、動かずに待つ。呼びながら歩き続けると、猫が出てこようとしても間に合いません。同じ場所で少し待ってください。
3 隠れられる場所を用意する。使っていたキャリーや、段ボール箱を、脱走した場所の近くに置きます。中に使っていた寝床を入れます。隠れ箱の実験が言っているのは、猫は隠れ場所があれば入るということです。
4 しゃがんで、下を覗く。立って見回しても見つかりません。見つかる場所は、たいてい地面に近い、狭くて暗いところです。
5 夜も探す。次の節で説明します。
夜のほうが見つかることがあります
猫の目の奥にはタペタムという反射板があります。目に入ってきた光を、もう一度網膜に返す仕組みです。猫の目が暗いところで光るのは、これが理由です。
1951年の研究(Gunter・Harding・Stiles、Nature)によると、この仕組みは猫が物を見るのに必要な最小の明るさを、約6分の1に下げます。言いかえると、人が何も見えない暗さでも、猫には見えています。
捜索する側にとって大事なのは、この反射板があるおかげで、猫の目は光を当てると光るということです。
懐中電灯を自分の目の高さではなく、地面に近い低い位置で構えて、ゆっくり動かしてください。茂みの奥や車の下で、2つの光が返ってくることがあります。昼間に何度も見た場所でも、夜にもう一度見る価値があります。
この記事で使った研究
Heffner & Heffner 音源定位。Journal of Neurophysiology。猫は音の方角をおよそ5度の精度で当てる。
Saito, Shinozuka, Ito & Hasegawa 2019「Domestic cats (Felis catus) discriminate their names from other words」Scientific Reports 9(1)。家庭猫は自分の名前を他の語と区別する。反応は耳や頭の動き。
Saito & Shinozuka 2013「Vocal recognition of owners by domestic cats (Felis catus)」Animal Cognition。猫は飼い主の声と知らない人の声に異なる反応を示す。
Kessler & Turner 1997 キャットストレススコア。慣れない環境と見知らぬ人が猫を強い緊張状態に置く。
Vinke, Godijn & van der Leij 2014「Will a hiding box provide stress reduction for shelter cats?」Applied Animal Behaviour Science。隠れ箱のある群はストレス指標が有意に低い。無い群はトイレをひっくり返して隠れようとした。
Gunter, Harding & Stiles 1951「Spectral reflexion factor of the cat's tapetum」Nature 168(4268), 293-4。タペタムは視覚の最小閾値を約6分の1に下げる。
正直に書いておくこと
ここに挙げた研究は、どれも「いなくなった猫」を直接調べたものではありません。
音の方角の実験も、名前の実験も、隠れ箱の実験も、ふつうに暮らしている猫や、保護施設に来た猫を対象にしています。外で迷子になっている猫を追いかけて測った研究は、私たちが探した範囲では見つかりませんでした。
ですからこの記事は、いくつかの研究をつなぎ合わせて「たぶんこうだろう」と説明したものです。一つ一つの研究は確かですが、つなぎ方は私たちの解釈です。
そのうえで言えることは、「呼んでも返事がないから、そこにはいない」という判断だけは、しないほうがよいということです。